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2011年6月

2011年6月20日 (月)

6月くんちゃんとランチライブ

今月、来月はコラボばかりで、新しい曲をいくつも覚えてます。

6月くんちゃんライブには、5月のチャリティコンサートでご一緒させていただいた岡田静さんにゲストで来ていただきます。
癒しの歌声、ぜひ聴いていただきたいと思っています。

また週末には、4月に結婚式のお仕事でご一緒させていただいた和多田惠さんとのランチライブ、さらに来月には夜のライブもありますので、和多田さんも本当に素敵な歌い手さんなので、どうぞご来場ください。

どのライブも前菜として僕のソロギターがしっかりあります(笑)

リハを重ねていますが、人の声って、パワーがありますね!
その人にしかないパワーが。
僕もしっかりコラボしたいと思っています。

さて!
今日はこれから8月の朗読劇の顔合わせ!
行ってきます!

★6月22日(水)
くんちゃんライブ
ゲスト:岡田静
【場所】 焼酎場ぁ~くんちゃん
 中野区野方5-16-6地下(みつわ通り)
【電話】03-3310-5023
【時間】20:00~
【料金】\500

★6月25日(土)
ランチライブ
【出演】和多田恵(Vo)、真辺雄一郎
【場所】 スロウダイニング TIBET TIBET
 世田谷区代沢5-29-9ナイスビル2F
【電話】03-5433-1565
【時間】14:00~
【料金】投げ銭

★7月10日(日)
ソロギターと歌のライブ
【出演】和多田恵(Vo)、真辺雄一郎
【場所】 スロウダイニング TIBET TIBET
 世田谷区代沢5-29-9ナイスビル2F
【電話】03-5433-1565
【時間】19:00~ (2ステージ)
【料金】\2000(1drink付)

★7月23日(土)
名古屋からソロギタリストみかんさんを迎えてのライブ
ゲスト:みかん(Gt)
【場所】 焼酎場ぁ~くんちゃん
 中野区野方5-16-6地下(みつわ通り)
【電話】03-3310-5023
【時間】20:00~
【料金】\500

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2011年6月14日 (火)

鼻の奥には

瓦礫を夢中で掘り返してたら、傍らには両親と姉がいました。
姉が「そうそう、その辺りにあると思う。」と言ってます。
しばらく掘ってガラス片や砂利にまみれて出てきたのは、○月○日と書かれた小さな記念の石盤。
「あったー!!」
みんなで喜びましたとさ…。

これ、岩手での最終日の夜に、寒い体育館で見た夢です。
夢に興奮したらしく、起きたら涙出てました。
どんだけ涙腺ゆるいんじゃ(笑)

実際に作業してる時、いろんな方の思い出の品が出てきたから、それがこの夢につながったんだと思います。

これがおもしろいことにただの夢ではなくてですね、○月○日って何か思い当たる?って母に聞くと、なんと両親の結婚記念日だった♪
うお~。
夢でしか会えない親父に、ひっっさしぶりに会えたしなー。
自分にとっては、ご褒美な感じの夢でした。

最近、割と夢をはっきり覚えていることが多くて、寝るのがちょっと楽しみだったりします。

そんで、最近、年取ったかなー。と実感することも増えてます。
涙腺がゆるくなった(笑)

チャリティコンサートの時も胸いっぱい、涙バケツもぎりぎりいっぱい。
コンサートと、岩手行きを経験して思うことですが、予期せぬ感動って自分に対する何にも変えられないご褒美だな、って思います。

人間の鼻の奥には人間愛センサーがついてるんだと思いますよ。
人間愛を感じるとき、人のやさしさに触れるとき、ツーンと反応しちゃうんですね。

震災以降、まだ大変な状況ではあります。
が、しかし!
見方を変えれば、何不自由なく恵まれていた状況では鈍っていたこのセンサーが、当たり前のことが当たり前でなくなった状況でより敏感に反応するようになり、人のつながりやありがたみを感じられる状況になっていると思います。

今日は、8月にコラボさせていただく朗読劇の台本をいただいて、読みました。人間愛についての3部作です。
やっぱり、ツーン…、涙が…(笑)
8月24~26日の朗読劇、めっちゃくちゃいい話です。
僕も意欲的に作曲したいと思っとります。
どうぞお楽しみに。

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2011年6月12日 (日)

バトン

友人から電話がかかってきました。
ホームセンターにいるようで、軍手、マスク、ゴーグル、作業服などについて。
うれしか(涙)

行く前は多くを語るつもりはなかったです。自己完結だから。
でも、岩手で出会った被災者の方、ボランティアスタッフの方が、みんな言ってました。
「真辺君、ここで見て聞いて経験したことを東京でできるだけ多くの方に伝えてほしい。支援のバトンをつないでほしい。」
行ってみて、想像よりも、ひとりの人間のできることの小ささを知ることになるかもしれません。でも、それが集まってすごい力になるのはみんな知ってる。何をやれたか、より、一生懸命やったことで東北の方の気持ちを鼓舞できること。それが一番いいことだと思う。

目に見える結果、目に見えない結果。考えすぎず、やるだけ。
また、行くことだけが支援ではないし、それぞれの環境でそれぞれできることを、やるだけ。
小さなことを、大きな愛で!がんばってきてほしい!!

さて。
5月13日に聖イグナチオ教会で行われましたチャリティコンサートの映像や写真をまとめていただきましたので、紹介しますね。

そのコンサートでご一緒させていただいた岡田静さん。今月、6月22日のくんちゃんライブに、ゲストで数曲歌ってくれることになりました♪
くんちゃんも張り切って激うまカレーを仕込んでくれるそうです(笑)
ぜひぜひ聴きにいらしてくださいませ!

3つ映像ファイルがありますので、1/3~3/3まで見ていただけると幸いです♪
岡田さんと出会うきっかけになった劇団「非シス人-Narcissist-」さんの協力で、森下薫さんに撮影・編集していただきました。ありがとうございます。
しかし、ひどいしかめっ面(笑) 
演奏中、気持ちが入って別世界に行ってる時はいつも。しかめっ面の誰かが乗り移ってんじゃないかな。なんとかせねばだな。

Photo
クリックしますとウェブアルバムへ。
窪田浩一さんに撮影していただきました。
他の出演者さんの写真も含め、コンサートの雰囲気を見てみませんか。

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2011年6月 9日 (木)

田園

鼻の皮がむけ、こんがり焼けた肌になりました。
健康的に痩せて、両腕の筋肉痛も取れ、ギターはすこぶる調子いいのですが、若干腰に鈍痛が。
無理したつもりはないんだけど、水分を含んだ畳と、大黒柱にやられたかも…(u_u。)

さて。
前回の岩手日記が、あるブログで耳の不自由な方へ向けた情報として紹介していただいてました。

「現地の様子がわかりますねえ。聴覚障害があるとなかなかこういう空気感がわかりません。」

はたと思ったのは、自分の音楽は、耳の不自由な方にとって、どれだけ役に立てるのだろう?ということ。
もし音を聴き取ることが難しい方にこのブログの言葉が少しでも役に立つのなら、本当にうれしいことだな。と思いました。
また、こうして紹介していただけると、うれしいものですね。
これからも音も言葉も大切に表現していかねば。と思います。

そういえば学生の頃、手話をある程度覚えたことを思い出したりもしました。
サークルで簡単な会話をできるようになったくらいで、もうほとんど忘れてしまいました。
指がきれいに伸びて、テキパキと形を変える先生の手を見て「かっこいいなあ」と思ったものです。

歌の歌詞は手話で表現できますが、インストの曲を手話で表現できたら素敵だろうなあ。インストの曲は絵とか光の方がいいかなあ。
そういう視点では、目の不自由な方に絵画や写真を伝えるのに、音楽で通訳できたりしないかな。
芸術を芸術に変換して、芸術通訳、みたいなものができるといいですね。
思いっきり通訳者の主観が入ってしまうと思いますが(笑)
ゴッホの絵は重厚に音を重ねたギター?ピカソの絵はコンテンポラリージャズかなー。

さてさて。
東北で撮った写真は、田園風景と山だけです。
被災地に出向いて、その光景を目の当たりにすると、知らないうちに心にショックを受けてしまいますが、ボランティアセンターの周りの田園風景に癒されてバランスが保てたような気がします。
新緑が美しかったです。
そして鳥のさえずりが、本当ににぎやかでした。
「ひばり」が鳴きながら天高く飛んでいく姿を初めてみましたが、本当に大きな声でにぎやかにさえずりながら飛ぶんですね。もちろん美空ひばりさんを思い出して口ずさみました。

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水田に空。奥の建物は馬の納屋。岩手には馬がたくさんいました。
友達になったモンゴル人「おいしそう~。」 「…えっ?!」
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新緑がきれい。

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遠野の水田。日本の原風景。

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あぜ道の花もきれいです。

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山の端に沈む夕日。

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2011年6月 5日 (日)

岩手日記

帰ってきましたー。

いろいろありました。
やはり自分一個人の力なんてちっぽけ。
でも、日本中、世界中からやってきた人たちと出会い、一緒に作業しました。
まだまだやることは山ほどある。
後ろ髪を引かれる思いで帰ってきました。
最終日は、先日のチャリティコンサートでご一緒した大船渡出身の熊谷絵美さんと再会し、音楽ボランティアのコーディネーターの方を紹介していただきました。
音楽でのボランティアもできる目途が立ちました。

今回は感じることが多すぎました。
情報、教えてもらったこと、感想を書いた日記をすこしまとめてみました。

個人でボランティアに行ってみたいけど、実際どんな感じなのかな?
と思われている方への情報として、少しでも役立てば、と思います。

ステップは簡単でした。
遠野まごころネットにインターネットで申し込み。
②地元の社会福祉協議会でボランティア保険に入る。
③装備品をそろえる。
④遠野まで行く。帰る。(僕は深夜バス「遠野・釜石号」利用。)

参考までに、費用ですが、装備品費、交通費(東京~遠野)、1週間の食費など全部合わせても2万5千円程度。

以下、日記をまとめたものです。

【遠野まごころネット】
・ボランティア参加者による自治活動。団体活動が主流の中、個人ボラの受入れ体制が充実。参加者200人前後、GWは800人いた。
・体育館を無料宿泊施設として解放(女性は和室)、広めのシャワー室が4室、清潔なトイレ、近くには食料品スーパー、ホームセンターなどあり、不自由なく活動できる。6時起床、22時就寝。リピーター多数。
・現場は、釜石、陸前高田、大槌での瓦礫撤去、家屋整理、泥だし。避難所での炊き出し。支援物資配給センターでの物資搬入、仕分け、被災者への案内フォロー。まごころネットでの受付、清掃、企画などの内勤。
・朝のミーティングで各現場の求人数とボランティアの希望をマッチング。それぞれバスで約一時間かけて現場へ移動。夜のミーティングで活動報告。

【参加者】
・1日参加もいれば、数ヶ月滞在の人も。年齢層は幅広く学生から定年を過ぎた方まで。女性参加者も多数。毎日が一期一会。
・北海道~九州各都道府県、台湾、モンゴル、中国、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ諸国…、日本中、世界中から集まっている。海外から来て一ヶ月以上滞在する人も。人口比率、アクセス利便性を考えると、東京からの参加者はかなり少ない印象。
・海外の方々、口を揃えて「日本にお世話になった。日本に恩返しをしたい。」

【組織的取組み】
・倉敷市は自治体で早期に公民館借り切り、無料送迎でボランティアをシャトル体制で途切れなく。自治体の熱心な取り組みに驚く。中国地方各県からこの制度を利用してくるリピーター多数。
・会社で同様の取組みをしているところも多数。

【活動】
・ボランティアは自己責任、自己完結。謙虚に、させていただく。求めない。
・被災者に質問しない、話は傾聴する。
・無理しない。疲れたら休む。ノルマや就労ではない、それぞれにできることを無理なく安全に。

【被災地】
・言葉がでない、絶句。写真なんて撮る気持ちにならない。観光に来たんじゃない、ここは多くの方が命を落とされた現場。ただ合掌して冥福を祈った。
・釜石、陸前高田とも、市部は広大、数棟の鉄筋の建物以外、何もない。重機が入り整理は進んでいる。瓦礫が集められ10M超える山になっている。スクラップとなった車が野球場ほどの広さに集められている。防波堤は全壊。5階アパート5階部まで浸水。学校の3階には車が刺さったまま。報道されたままの光景。
・集落は道路以外、何も手が付けられていない。この現状が報道されていない。もっと人手がたくさん必要。
・東北地方の入り組んだリアス式海岸の入江にある小さな集落は数百にも及ぶ。丘を越える度に「次こそは普通の街の光景であって欲しい。」と思うが、行っても行っても同じ被災地の光景。涙がでる。
・瓦礫のさら地の中、希望を掲げる大漁旗と鯉のぼり。黙祷すれば、風の音、旗のなびく音、鳥のさえずりのみ。静けさを、こんなに悲しく感じたことはない。
・数日経つと、水田の中にひっくり返る車に違和感が薄れてしまう自分が怖くなる。
・学校のグランドや高台に仮設住宅、今だに避難所生活者10万人。

【瓦礫撤去】
・土砂、ガラス、材木(ほとんど全部、錆びた釘が突き出ている)、プラスチック、タイヤ、畳、屋根、バスタブ、ドラム缶、油、漁網、車、船、電柱、思い出の品…
・ロープや漁網と釘の突き出た材木が絡み合い、撤去は簡単ではない。水を吸った畳、布団は何倍も重くなり、悪臭を放ち、予想以上に大変。

【支援物資配給センター】
・支援物資は海外からのものが多く、種類は少ない。洗濯洗剤、塩、食用油はすぐになくなってしまう。支援米は、無償で送られてきた分はもうないという。今ある米は岩手県が購入したものということ。非常事でも2ヶ月過ぎれば経済優先なのか。
・そこから車で10分のところにあるスーパーには豊富に品物が販売されており、このギャップに、混乱してしまう。
・やってくる被災者家族、子供の屈託ない明るさと大人の疲れを感じる表情が対照的で、複雑な気持ちになる。

【ボランティア生活】
・遠野市から被災地まで約1時間。送迎バスで国際交流、アメリカからきたおばさんとオーバーザレインボーなど歌ったり、モンゴル人と恋愛トークをして心を和らげる。車窓から見える新緑、田園風景に癒される。
・被災地へ向かう途中、内陸20Kの川沿いの水田にウミネコ。東北ならではの光景か?と思いきや、その日の新聞に海岸の生態系変化でウミネコが内陸へ、の記事あり。沿岸部は生態系まで壊滅的ダメージ。
・近くの風呂屋は自衛官、ボランティアー、地元住民で芋洗い状態。
・体育館で震度3程度の余震数回。疲れた日は夜中気付かないことも。
・みんな疲れているためか、夜中はいびきや寝言が体育館に響く。また午前3時30分から明るくなり始める。耳栓、アイマスクは必要アイテム。
・活動2日目は最低気温4℃。ほとんど眠れない。毛布を寝袋の上からかけて、やっと眠れる。
・働いて、汗かいて、飯食って、シャワー浴びて、本読んで、寝る。シンプルな生活は心身洗われるように感じる。
・体力的に一番使うところは、握力と背筋力。次回来るときは事前準備の鍛え方を変える。

【地元の方の言葉】
ボランティア先の明るかったおばさん
「あたすたつも津波なんて見るのはづめてだからよぉ、最初はこっから津波さ見てたんだぁ。真っ黒でさぁ、津波って、こんなに勢いがすげぇんだなって。まさかこっちに来るなど思いもしねえでさ。そうしたらこっちにも来るってんで高台さ逃げたのさ。何時間かして帰ってきたら、まさかだよ!こんな場所なのに一階が水浸しで船や車や流されて来てるでねえか…。わたすんとこはまだ家があるからいいけんど、あすこらは家も人も流された。あすこでもそこでも、人、見つかったんだぁ…。んで、(陸前高田)市内のわたすの里も流されたんだぁ。もう涙がとまらねぇの。なーんにもねえんだもん。なーんにも…。もうこんただ悲しい思いはしたくねえさ。」

柳田國男さんの義娘・冨美子さん
「戦後の日本は何もありませんでしたよ。支援物資もボランティアもなかったの。でも自分達の力で、あの状態から立ち直ったんですからね。日本人はすごいのよ。ただ、今回思うのは…みなさん、贅沢慣れしてしまったのかしら、あまり元気がないように思いますわ。昔の人は何もなくてももっと元気があったのよ。だからみんな元気出して日本人の底力を見せて欲しいと思います。」(詳しい内容はコチラ

住田町農協の職員さん
「今でも信じられない。高田には、あれから1回しか行っていない。行く気になれない。自分も20分避難が遅かったらやられてた。沿岸部から3キロ内陸へ流されて、引き波で5キロ流されて足が着くところにたどり着いて助かった人もいる。命の縁って何なんだろう。」

熊谷さん
「地震が起きて、数日間停電だった。でもテレビで津波による惨状を見られなかったからこそ気持ちが耐えられたという面があるかもしれない。ラジオからは、泣きながら状況を伝える声が聞こえていた。ところで、真辺さんのCDのジャケットは、陸前高田の街に似ているんですよ。高田、とってもいい街だったんです。」

風呂屋での陽気なおっちゃん
「あんれぇ、にいちゃんさわやかだなぁ、めんこいよめっこさぁ、見つけてけぇれぇ。」


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7時過ぎ。ワラワラと人が集まってきて、朝礼、現場と人のマッチングが行われる。

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宿泊した体育館。

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夕方の活動報告。

最近は、原発の報道ばかりが先にたち、津波被災地の復旧が置き去りにされている感があります。被災地の状況は、復興なんて段階ではありません。復旧の段階です。特に集落部はまだ全く人手が入っていないところが多く、まだまだたくさんの人手が必要に思いました。
恐れているのはニュースでも伝えられているこういった状況です。

もし行ける機会がある方は、直接、目、耳、鼻、肌でこの被災地を感じて欲しい。
そして感じたことをまわりに伝えていくことで、長期的な支援が継続されていくのではないでしょうか。

次回は、心を癒してくれた岩手の美しい田園風景を紹介したいと思います。

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