« 充実の12月 | トップページ | 2009年 »

2009年12月24日 (木)

評論家?

「どうせ聞くなら、いい話がききたい。」
「悲しい話、苦しい話は、わざわざ聞かなくても、たくさん見聞きしてきましたから。」

この言葉、ブログ書くのに参考にさせてもらってる言葉です。

日々のニュース、いろいろありますね。
いいニュース、清々しいニュース、ほっこり系ニュースもたくさんありますが、割合としては、圧倒的にそうでない話ばかり。

政治、災害、事件、戦争、環境破壊…

それに加えて、みんな誰だって、大変な現実と毎日戦ってる。

そうだ。
悲しい話、苦しい話は、わざわざ書かなくても、みんな見聞きし、経験しているんですよね。

「自分のブログ、きれいごとばっかりになってんなあ。」
とは、よく思うんですよ。
でも、そうした理由もあって、取り上げる話題を僕なりに考えよるとです。

さて。話は変わりますが。

僕は、そういった大変なニュース、出来事や物事に対して自分の意見は持っておかなければならないと思うけど、簡単に評論することはできない。と思ってます。
どうしても当事者にしかわからないことだってあるし、当事者にさえ、わからないこともある。
それをマスコミが取材した情報だけで、あれこれ言えるのかな。

そういう意味では、もし批評・評論できる対象があるとしたら、それは「自分自身のことだけだ」と、強く思う。

外に目を向けると同時に、内に目を向ける必要がある。
自分のあり方、感じ方。

出来事、物事を通じて、当事者やそれを取り巻くいろんな立場の人の気持ちを想像し、自分の経験として取り入れていく。

だけど、現実は、出来事をあれこれ評論し、目は外に向いたままの評論家が多くないかな。

情報があふれている今、「自分のことは棚に上げた評論家」にならないよう、十分注意する必要がある。

先日の富士山遭難の件では、いつにも増して思いました。
どこ見ても、あまりにも棚上げ評論家が多すぎる。
読んでいて吐き気がするようなものもたくさんあった。
遭難した状況とレベルは違うけど、岩にしがみつきながら体が浮かされるような強風に耐えて、酸欠でフラフラになりながら、みぞれ混じりの雨の中10時間ガレ場を歩いた経験のある僕は、思うだけで、何も言えません。

自然の偉大さを知り、自然を愛する人を知り、自己責任で自然に挑んだ人を知り、その家族や周りの方々の気持ちを想像し、人の痛みを知り、自分の経験として取り入れる。
そして自分の日常に生かせばいいと思うのです。

こんなこと書いてると、棚上げ評論家のことを、自分が評論してないか?
と、僕自身も気をつける必要があるんですよね。

自分自身の評論家としてあまりいい評価はできない自分がこんなことを書いているのもおかしな話なんですが、書いてみました。

あ、今日って、世の中はクリスマスイヴか。
今日みたいな日こそ「いい話」を書かなきゃならんのに…
そぐわねえ記事だ(笑)

 

|

« 充実の12月 | トップページ | 2009年 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

僕はいい話だな~と思いながら読ませていただきました♪
相手の気持ちを思いやっている方の言葉って響きますよね。

浮いた言葉としっかりと響く言葉の違いって、人はすごく敏感だと思うんです。
僕もいつかは響くような言葉・音楽ができる人になりたいです。

学べえさんも素敵なクリスマスをお過ごしくださいshine

投稿: 夕焼けゆうき | 2009年12月24日 (木) 20:09

☆夕焼けゆうきさん
いつもコメントありがとう。
素敵なクリスマスは過ごせましたか~?

>僕もいつかは響くような言葉・音楽ができる人になりたいです。

まったくもって、僕も同感ですhappy01
そう思ってなきゃそうならないし、思ってる時点でそこに近づいてる!!

お互いがんばろうね!!

投稿: 学べえ | 2009年12月25日 (金) 23:54

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 充実の12月 | トップページ | 2009年 »